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仙台高等裁判所 昭和59年(ネ)436号 判決

控訴人

我妻政重

右訴訟代理人弁護士

永井修二

被控訴人

石川郡石川町

右代表者町長

有賀博

右訴訟代理人弁護士

吉田康俊

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。但し、その「第三 証拠」欄一1の末尾(原判決六枚目裏一〇行目末尾)の次に「第一四、一五号証」を、同七枚目表六行目の「甲号各証」の次に「(甲第一四、一五号証をも含む)」を各加える。

(被控訴人の請求原因補正)

本件土地の所有権移転経過は、明治四四年一〇月一〇日頃佐藤長内から旧野木沢村に寄附され(この点は従前の主張も同じ)、昭和一三年二月頃旧野木沢村から権利能力なき社団である中野区に特別売却により譲渡され、昭和四五年秋頃中野区から被控訴人に寄附された、というのが真実であるから、従前の主張を右の如く改める。

なお、右補正に伴い、仮定主張としての取得時効における所有の意思の根拠に関しても、野木沢村との合併による本件土地所有権の取得という従前の主張を、右の如く中野区からの寄附と改める。

(抗弁に対する被控訴人の答弁補正)

原判決事実摘示では、「原告と訴外佐藤直明は、合意のうえで、本件登記を経由した。」との控訴人の抗弁2(原判決三枚目裏四行目)につき、被控訴人がこれを認めた旨記載されている(同四枚目表二行目)が、被控訴人は原審においてそのような明示の答弁をしたことはない。しかも、請求原因の補正として主張したとおり、昭和一三年二月頃中野区が本件土地を取得したことからすれば、昭和四三年一二月一九日当時の中野区長たる佐藤直明及び同副区長たる佐藤友重名義に所有権移転登記(本件登記)がなされているのは、所有者でありながら権利能力なき社団たる中野区の登記方法として正しい登記であり、被控訴人の意思の及ばざるところである(被控訴人は当時未だ所有権を取得していない)。したがつて、原判決摘示の前記答弁は右のとおりに改められるべきである。

(控訴人の新主張と被控訴人の主張補正に対する陳述)

1  仮に、本件に民法九四条二項の適用がないとしても、禁反言ないし権利外観法理により被控訴人の請求は排斥されるべきである。すなわち、真実の所有者が不実の登記の存在を知りつつ相当期間これを放置したときは、その登記を信頼して利害関係を持つに至る第三者の出現が予測できる筈のものであるから、真実の権利者は是正手段を講ずべきであり、これを怠つた者が登記を信頼して取引関係に立つた第三者よりも厚く保護される理由はないというべきところ(大阪高裁昭和五九年一一月二〇日判決、判時一一四一号八五頁参照)、本件は正にこのような場合であるから、右の各法理が妥当するのである。

2  また、被控訴人は、昭和五四年九月二五日控訴人が本件土地等についての公課証明申請をしたのに対し、本件土地の二分の一が佐藤直明の所有であることを認めた上、右証明書(乙第五号証)を控訴人に交付した。このことは、被控訴人が重ねて虚偽の意思表示をしていることを示すものである。

3  被控訴人の前記各主張補正は、いずれも自白の撤回ないし時機に遅れた攻撃防禦方法の提出であつて、控訴人としては異議がある。殊に本件にあつて控訴人は、原判決の事実摘示ないし被控訴人の従前の主張を前提として主張立証してきたのであるから、審理終了直前になつてこれを一方的に翻すことは信義則にも反し許されるべきではない。

(証拠)〈省略〉

理由

一本件公正証書に基づき、控訴人が訴外佐藤直明の本件土地に対する持分権につき本件強制競売申立をして原審裁判所の強制執行開始決定を得、その旨の登記を経由したことは、当事者間に争いがない。

二被控訴人は、本件土地は被控訴人の所有であるとして右強制執行の排除を求め、所有権取得原因として、主位的には、(1) 本件土地はもと訴外亡佐藤長内の所有であつた、(2) 同人は明治四四年一〇月一〇日頃当時の野木沢村に対し本件土地を寄附した、(3) 昭和三〇年野木沢村は町村合併により被控訴人石川町となり、したがつて本件土地は被控訴人の所有となつた、と従来主張したが、当審において右(3)の点を前記の如く、(4) 昭和一三年頃野木沢村から権利能力なき社団である中野区に特別売却により譲渡され、(5) 昭和四五年秋頃中野区から被控訴人に寄附された、と主張を改めた。

控訴人は右の主張変更に異議を述べるが、所有権取得原因ないしその経過についての主張は相手方主張事実についての自白ではないし(殊に本件においては控訴人は右(3)の事実を不知としていたものである)、また主張変更により訴訟の完結が遅延するものでもなく、信義則違反の点も認められないから、以下改められた主張内容についてその成否を検討する。

前記(1)の事実は当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すれば、訴外佐藤長内は明治四四年一〇月一〇日頃本件土地を旧野木沢村に寄附し(但し、登記簿上は訴外二瓶新之助に対する売買が登記原因となつている)、旧野木沢村は昭和一三年頃同村内の部落であつて権利能力のない社団と目すべき中野区に対し特別売却により本件土地を譲渡し、かくて本件土地は中野区の所有となつたが登記簿上は二瓶新之助の所有名義のままであつたため、昭和四三年一二月、一旦同人の相続人たる二瓶勇の相続登記をした上で直ちに当時の中野区長及び副区長であつた訴外佐藤直明及び佐藤友重の共同所有とする所有権移転登記を経由し、ついで昭和四五年秋頃中野区から被控訴人石川町に対し本件土地の寄附申込と被控訴人による採納のあつた事実を認めることができる。ところで、冒頭判示の強制執行開始決定とその旨の登記、すなわち本件差押は、右最後の寄附を原因とする被控訴人に対する所有権移転登記が未了であつたため佐藤直明個人の所有財産として執行されたのであるから、被控訴人は右寄附採納による所有権取得をもつて差押債権者たる控訴人に対抗しえないかの如くであるが、控訴人が被控訴人に対する譲渡者である中野区を執行債務者として右差押をしたのであればともかく、被控訴人の前主に非らざる佐藤直明個人に対してしたのであるから、右の問題は生じないというべきである。故に、前認定の事実によれば、被控訴人は控訴人に対する関係においても本件土地の所有権者であるということができる。

三そこで抗弁について判断する。

最初に民法九四条二項に基づく主張を考えると、本件では本件土地が被控訴人から佐藤直明に譲渡されたのではないのにそのような虚偽仮装の外形が作出されているというのではないから、本来は同条が問題となる場合ではない。控訴人は更に、真実の所有者が不実の登記を知りつつ相当期間放置した場合には禁反言ないし権利外観法理が適用されるべきであると主張する。この主張は、いわば不作為による虚偽仮装行為の主張であるとも理解しうるところ、本件の形に近いその典型的な例は、不動産の譲受人がそれに基づく所有権移転登記手続をなしうるのにこれをせずに放置しておくような場合であり、このような場合は端的に不動産物権変動における対抗問題として解決すべきものであり、迂遠な虚偽表示法理の適用など考える必要はなく、妥当でもない(尤も、本件では対抗問題が生じないのは前記のとおりである)。自己の所有であり且つ所有権登記も経由されていた物件につき他人名義に登記が変つているのを放置していたというような例は本件の場合適切でなく検討に価しない。また、被控訴人が控訴人に対し公課証明書(乙第五号証)を交付したのは、公法上の行政事務としてしたのであつて、全く私法上の意味を有しないのであるから、これを虚偽表示ということはできない。のみならず、民法九四条二項の第三者は虚偽表示につき善意であることを要するのであるが、〈証拠〉からすれば、控訴人は肩書住所地に居住し、石川町内に事務所を設けて金融業を営み、佐藤直明を保証人として中原石材工業有限会社に融資をした際に右直明の資産状況を調査したことがあり、本件強制執行手続申立の当時本件土地が石川町立公民館の用地として使用されており、直明所有の他の不動産には剰余価値がない程度に抵当権が設定されていたのに本件土地にはその負担がなく、固定資産税も賦課されていなかつたことを知つていたと認められるので、この点に照せば、控訴人は本件土地が被控訴人の所有であつて佐藤直明らのものではないことを知つていたと窺われないでもなく、この点につき善意であつたとはなし難いから、かかる意味合いからも同法条の適用ないしは禁反言、権利外観の法理を肯定することはできない。

四よつて、被控訴人の第三者異議を認容した原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官輪湖公寛 裁判官小林啓二 裁判官木原幹郎)

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